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宇都宮家庭裁判所 昭和52年(家)585号 審判 1977年11月18日

申立人 山本一郎(仮名)

右法定代理人 親権者母 山本尚子(仮名)

主文

申立人がその氏を父の氏「中塚」に変更することを許可する。

理由

一  本件申立の要旨は、申立人は親権者母山本尚子と父中塚健との間に出生した婚外子であるが、昭和四七年三月一一日健から認知され、出生以来父母のもとで監護養育されており、幼稚園および小学校(現在小学校四年生)でも一貫して父の氏「中塚」を称してきたものであつて、申立人の利益のために戸籍上も父の氏を称したく、本申立に及んだ、というものである。

二  よつて調べるに、

(一)  筆頭者中塚健、同山本尚子の各戸籍謄本、宇都宮家庭裁判所調査官斎藤実作成の本件に関する調査報告書、同作成の電話聴取書、宇都宮家庭裁判所昭和五二年(家イ)第三九四号事件の調停調書謄本、宇都宮○○幼稚園園長小山典子作成の修了証書写、宇都宮市立○○中央小学校の申立人に関する通知表三通の各写等を総合すると、申立人の申立事由がすべて認められるほか、次のような事実が認められる。

申立人の父中塚健とその妻礼子とは、昭和二六年四月二九日事実上結婚し、昭和二七年一二月三〇日婚姻の届出をし、両名間には、昭和二七年二月一七日出生の紀子があるが、健と礼子は、健の女性関係とか両名の性格が合わないことなどから夫婦仲は円満ではなかつたこと、健は、昭和三五年ないし同三六年頃、当時自己が常務取締役をしていた会社の関連会社の事務員だつた山本尚子と知り合い、昭和三七年ないし同三八年頃には同女と同棲を始め、昭和四一年暮頃までは時々礼子のもとにも帰宅してはいたが、昭和四二年正月からは礼子のもとに帰らず、尚子と宇都宮市○町のアパートに同棲し、同年四月、同市○○町に住家を新築して引続き尚子と夫婦として居住し、同年九月二五日尚子との間に申立人が出生し、以後尚子および申立人と親子三人の家庭生活を営んで現在に至つていること、健と礼子との夫婦関係は前記の如く別居期間が既に一〇年以上にもなり、破綻状態にあるが、その原因は、直接は健の不貞行為にあるが、健が頑なで自己主張が強い一方礼子も自己中心的で協調性に欠ける面があり、こうした性格面で折り合わないところも遠因となつているともいえ、右両名間に実質的な婚姻関係が復帰する見込みはないこと、健はこれまで何回か礼子に対し、申立人の改氏入籍方について同意を求めたが、同意が得られず、昭和四七年頃本件と同旨の子の氏変更の申立がなされたが、前記紀子の縁談にさしつかえるとのことで同件は取下げられたものの、申立人が小学校四年生となつた現在その幼心に動ようを生じさせたくないとのことで今回の申立がなされたものであること、礼子は本件申立人の改氏には強く反対していること、紀子は短大を卒業して現在小学校の事務員として就業し、できれば教員の資格をとりたいと希望しているもので、独身で礼子と同居し現在に至つているが、現在のところ結婚の見通しはまだないこと、健は、礼子および紀子の生活費、学費などの婚姻費用を昭和五一年八月までは負担してきており、その後は負担しなかつたが、昭和五二年一月から紀子の名義で毎月預金し、既にその預金通帳(額一四七万円)を紀子に交付し、同人においていつでも引き出せるようになつており、また礼子との間で同年一〇月一一日宇都宮家庭裁判所において、「礼子と健とが当分従来どおり別居し、健は礼子に対して昭和五二年一一月から礼子の婚姻費用の分担として月額六万円を支払う」旨の婚姻費用分担の調停が成立していること、以上の事実が認められる。

(二)  以上認定の事実関係に基づいて本件申立の当否を考えるに、申立人は、出生以来小学校四年生となつた現在まで、父母である健、尚子と共同生活関係にありその監護養育を受けてきたもので、更に、従来健の氏「中塚」姓を名乗つてきたものであるから、かかる場合、子たる申立人にとつて同居中の父健の氏を称することがその福祉上望ましいことはいうまでもない。

ところで本件申立人の氏の変更については、健の正妻礼子の強い反対があり、また健と礼子との間には未婚の嫡出子紀子もいるのであるから、本件申立の当否を判断するに当つても、婚姻秩序維持の見地から、礼子および紀子の感情上、社会生活上の正当な利益を考慮すべきことは勿論である。しかしながら、紀子は既に小学校の事務員として就職しており、経済上も健から前記の如き配慮がなされているし、また申立人の存在が紀子の結婚に影響を及ぼすとしても、健の戸籍には正妻以外の女性山本尚子との間の子たる申立人を認知したことの記載がなされているのであり、これに加えるに、礼子と紀子とが既に一〇年以上も事実上母子家庭にあることは近隣を調査すれば外部にもすぐ判ることであることなどからみて、本件申立の許可の有無により、前記影響にそれ程大きな差異が生ずるとも考えられない。次に、健と礼子との婚姻関係破綻の原因が健の所為にあるといえても、両名は既に一〇年以上の長きにわたつて別居を続けており、両名間の婚姻関係は、破綻していて回復ののぞみはなく、戸籍上にその形骸をとどめているにすぎないものであるところ、両名間には昭和五二年一〇月当分従来どおり別居することを前提として、健から礼子に対し婚姻費用の分担として、月額六万円宛支払う旨の調停が成立しており、不十分ながら礼子の立場も保護されているのである。

右のようにみてくると、本件申立の許可についての礼子の反対はさして実益のない感情的反発といわざるをえず、同人の反対にも拘らず、また、紀子の本件申立の許可により蒙る前記社会生活上の不利益を考慮に入れても、申立人の氏を父の氏に変更することが申立人の福祉上相当というべきである。

よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 武田多喜子)

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